その6 昭和57年ダイヤ改正前後

昭和57年(1982y)11月のダイヤ改正は上越新幹線の開業に伴うもので、かなり大規模なものだった。(少なくとも関東では)
列車体系を1から見直す為、多くの統廃合が行われ数々の列車が過去帳入りし、同時に181系電車や10系寝台車が終焉の時をを迎えた。これらの車輌はぼのぼのがテツの世界に入り込むキッカケとなった車輌たちで、特に感慨深いものを感じた。
初めて乗ったサシ181で出てきたスープ皿の深かったことや、ユニットクーラを避けながらアクロバティックにもぐりこんだスハネ16の上段寝台の事などが走馬灯のように頭の中をめぐった。
列車や車輌の新旧交代が進み、旅がどんどん快適なものに変わってゆくのは大変結構で喜ばしいことだが、ファン心理としては一抹の寂しさを禁じ得ないのも事実である。
ついこの間だと思っていた57-11改正からすでに24年が経っている。まさに光陰矢のごとし、Time Flies Like An Arrow といった感じだ。この翌年生まれた長女が今年(平成20年)は就職6年目で25歳に、当時21歳だったぼのぼのは47歳になった。

 諏訪峡を行く181系 とき 上越線 水上〜上牧間

485系 はくたか 水上駅
当時ボンネット車はまだまだ特急の顔だった
485系 いなほ
水上〜湯檜曽間

上野から青森を上越、羽越線回りで結んでいたコアな列車。
ダイヤ改正後は新潟発着となったが、同じスジを急行から格上げされた鳥海となって走り続けた。新幹線が大宮暫定開業だったので乗換なしの便利さを考慮して残されたと思うが、なかなか親切な取り計らいだと思う。最近のJRにはちょっと無い配慮では?

当時最新鋭だったEF64ー1000 EF16に代わって上越国境の主役に

183系に混じって最後の活躍をする181系 とき 湯檜曽〜水上間


奥羽本線 峠駅
昭和50年のつばさ電車化以来とり立てて話題の無かった奥羽線だが、57-11改正で上野〜秋田間の急行おがの内58系DCによる昼行の1号、2号が廃止されることになった。
全線架線下を走るだけでもコアなのに、なんとこの列車板谷峠越えに補機を連結していない!ハイパワーの181系でさえEF71のお世話になっていたのに、1エンジンのキハ28を擁する編成で補機なしというのはもう笑うしかない状況だった。さらに、キロ28以外は全て非冷房車という前時代的な編成で、夏に乗ったらいやがらせのような列車だった。
スノーセットの向こうからエンジン音だけ聞こえて来るのだが姿がなかなか見えない。やがて現れたおが1号はぼのぼのの前をそれこそ歩くような速度で通過して行った。(もしあのまま止まったら再起動出来ないんじゃないかと心配になるほどだった)
福島〜米沢間を485系つばさは約40分で運転するところ、58系気動車おがは1時間以上かけて運転していた。
この昼行おがと同時にいいで(磐越西線経由新潟行き)、ざおう(山形行き)、出羽(奥羽線、陸羽西線経由酒田行き)の各列車も廃止となるため、上野駅での気動車急行は見納めとなった。

58系 おが 峠〜大沢間
 
ED78牽引の普通列車 大沢〜峠間
福島〜米沢間の普通列車は全て客車列車だった

下り最終鳥海 羽越本線 道川〜下浜間 
57-11改正は旧型客車により編成された急行列車の終焉の時でもあった。
43系座席車にスロ62、オロネ10、オハネフ12等をを連結した越前、能登、妙高といった列車が廃止されたり、新型車輌に置き換えられたりした。
同時に20系客車が広く急行運用に就くようになり、583系電車が立山で初めて急行運用に就いたのもこの改正の時でだった。
12系と10系寝台車で組成されていた津軽に乗ったとき、寝台車から座席車に移ったとき明るさとアコモデーションの差以上に時代の流れを感じたものだ。まさに過去の列車と現代の列車といった感だった。10系寝台には横になれる以外何のメリットも無いなと感じた。しかも3段寝台は当時でも既に時代遅れになっていた。
しかし、上りの最終鳥海でスロ62に乗ったときは違った思い出が残っている。まず冷房化改造の為低屋根化されているので天井が低く、蛍光灯が他車より低い位置に付いているので車内が明るく、またオハ61から改造された際窓割通りに座席を取り付けたためシートピッチは全グリーン車中最大で余裕があった。また網棚の下に航空機のような読書灯が付いているのも得をした気分になったものだ。
 

秋田駅で出発を待つ上り最終鳥海

165系 さようなら犬吠号 両国駅 昭和57年11月23日
房総各線の急行も統廃合を受けた。
犬吠(総武線経由銚子行き)、鹿島(鹿島神宮行き)、外房(安房鴨川行き)、内房(館山行き)は廃止され、成田線経由銚子行き水郷はとき運用から捻出される183系により特急化され名称も「すいごう」とひらがな書きになった。
左の写真はダイヤ改正後の11月23日に房総急行廃止を記念して運転された団体臨時列車さようなら犬吠号。私はこの団体に参加したがどちらかというと地味めな房総急行のお別れイベントにどれくらい人が集まるものかと内心不安。だった。しかしいざ乗ってみると車内は満員、老若男女さまざまな人々で大いに盛り上がっており安心した。地元エリアの人が多く乗っており、それだけ大衆に愛されていた列車なんだと改めて気付かされた。 
※房総特急の183系は平成17年(2005y)12月改正でE257系500番台にその座を譲った。