その5 昭和57年〜58年 飯田線の旧型国電

旧型国電が全国的にも希少になって来ていた昭和57年、飯田線だけはまだまだ旧型の宝庫と言えました。急行が165系で運転されていたのを除けば100%旧型だった。
大垣夜行で東京を発ち、未明の豊橋駅に着くと行く先を掲げた飯田線列車が出迎えてくれた。各地を転々としてきた車輌たちが一堂に会した感じで、それはバラエティに富んだもだった。
山間の小駅で下車し、ひとしきり撮影を終えて駅に戻ると来た時とは違う形式の電車が迎えに来てくれる。そんな他線では味わえない楽しみが飯田線の撮影行にはあった。
その後58年6月に119系の増備で伊那谷からツリカケモータの音は消えたが、20年経った現在でも小野田支線でクモハ42が孤軍奮闘頑張っているのはまさに奇跡を見る思いである。
※小野田支線のクモハ42も平成15年(2003y)年3月14日に現役引退した
出発を待つ80系と唯一両の珍車クモハユニ64 豊橋駅
クハ86+モハ80+モハ80+クハ86の4両が基本編成だった 最後まで残った80系は全て全金製300番台 鳥居駅
城西〜向市場間に有名な撮影地、通称渡らずの鉄橋がある。
佐久間ダム建設に伴う線路付け替え時に断層を避けるために生まれたルートで、川の上に線路は張り出してくるものの対岸へは渡らず、またもとの岸へ戻ってしまう妙な橋である。
しかしその張り出し方がいかにも「どーよ?写真を撮ってくれよ!」と言わんばかりなので有名撮影地になったのも至極自然な成り行きと思われる。
朝夕ラッシュ時にはクハ85+モハ80の付属編成が増結された
通称、渡らずの鉄橋を行く80系 向市場〜城西間
クハ68+クモハ54 鳥居〜長篠城間 クハ68+クモハ54 千代〜天竜峡間
交換待ち 三河槙原駅 旧国とタブレット 想い出の鉄道情景
天竜峡の電留線 クハユニ56の姿も見える ED18無き後貨物輸送にはED62が活躍した
クモニ83+クハユニ56+クモハ43 佐久間駅 ニスの香りが漂ってきそうなクハ47車内
  クモハユニ64 温田〜為栗間
荷物輸送も鉄郵も無い現在では考えもつかない合造車
  183系あずさ 辰野駅
昭和57年当時塩嶺トンネルは開通しておらず全列車が辰野経由だった