包神鉄路2002 最後の変則三重連
中国、内蒙古自治区の包神鉄路のDL化が始まったとの情報は去年の比較的早い時期から入っておりました。しかし、一旦DL化された客レに前進が返り咲いたり、とりあえずそれ程風雲急を告げる状況ではないだろうとタカをくくっておりましたところ、東勝機務段に東風4型が10両配置され、既に東勝以南の前進型の変則三重連運用に重連でとって替っているとの情報を聞き、バクチになるのを覚悟で包神鉄路に最後の変則三重連を撮りに行く事にしました。実はいつも中国蒸機撮影行に同行している方々からは「来なかったらどーすんの?」という問いかけが有りましたが、「来年は絶対無いんだから、バクチに打って出たい!」と答えたところ賛同していただき、晴れて包神詣でが実現しました。
但し、あれこれ悩んでいるうちにいつもの事ながら時間は過ぎ、気が付いたら11月になっており気の利いた時間のフライトはもう満席でした。結局関空を午後発の上海経由の中国国際航空で北京へ向かう事になりました。20時過ぎやっとこ北京に到着、23時過ぎに列車に乗り包頭に着いたのは翌日の13時、前日の朝自宅を出てから約30時間、去年の夏にアフリカへ行った時とほぼ同じ所要時間、改めて近くて遠い国だと思いました。
さて、着いたとはいっても目的地の東勝はクルマで3時間近くかかり、日のあるうちに着けないので、最初は市内に有る包頭鋼鉄公司を訪ねました。
2001年 12月30日 包頭鋼鉄公司専用線
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| 製鉄所らしい風景の中に佇む上遊型 | ロッド周りの打音検査 カマ替えとともに万国共通 | |
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| 動いていたのは上遊型のみだった 中には装飾ガマもいた | ||
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| 現役の上遊型と休車のDL ちょっとフシギ | 更に奥には躍進型の廃車体があった | |
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| 専用線なのでダイヤなど元から無く、いつ何処から列車が来るかは神のみぞ知る | 上遊型に混じって活躍するセンターキャブのDL 近代化の波は専用線にも及んでいる | |
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| 打ち上がったばかりの鋳鉄 これらは手前に見える抵床の専用貨車でDL牽引でソロリソロリと運ばれていた | ズリ捨て場近くで見つけた信号所と思しき建物。いったい何年分のドロ汚れが付着しているのだろう、風土と歴史を感じさせる | |
2001年12月31日 包神鉄路 東勝〜韓家村、鳴砂湾、東勝機務段
期待と不安を胸に三重連の運行状況を聞こうと敷包勾駅に向かった我々は見事に期待を裏切られた。夜まで三重連は来ないという。初日から幸先の悪いスタートだ。しかし、東勝以北では9:04の客レをはじめ、数本の前進牽引の列車が有るというので予定変更して東勝駅へ戻った。そうしたらいたいた、前進が客レの先頭で煙を上げていた今までの落胆はとりあえずどこかへ吹っ飛び元気が出てきた。同行の運転手氏が陸橋の上から撮影できるポイントを知っていると言うので、駅撮りもそこそこに移動した。なるほど切り通しをダッシュしてくる前進を真上から眺められる好ポイントだった。爆煙で満足したのも束の間、次の瞬間シンダの洗礼を受けた。もっともナマ蒸機を体感できる瞬間だ。カメラにはチト酷ではあるが・・・
その後、更に1本先の陸橋に移動して撮影した。そこはちょうどサミットになっていて東勝行きも包頭行きも力行が狙えるオイシイ場所だった。
3本ほど撮影してそろそろ飽きてきたのではてどうしたものかと考えた末、運転手氏に追加料金を払って鳴砂湾に行く事にした。天気もよくそれ程風も無くまずまずのコンディションだった。(砂漠地帯で風に吹かれるとそれはもう悲惨、砂はカメラの隙間という隙間に容赦なく入り込みそれこそ撮影どころではない。我々は2年前に実際に体験した)
さて、到着してまず目に飛び込んできたのはラクダの大群だった。前回訪ねた時は見た覚えが無いので(少数居たのかも知れないが)まずまずビックリした。
しかし、砂漠の風景にラクダはこの上なく似合う。折りしも中国人の観光客がやって来てラクダで砂丘ツアーを始めた。まんま月の砂漠を連想させる光景が目の前に展開した。もっとも氷点下の気温と凍った黄河と言うイメージと正反対の現実もあるのだが・・・いずれにしろ寒い土地でラクダと遭遇したのは初めてだったのでなんともフシギな感覚を体験した。
肝心の釣果であるが、この日はまあまあで、客レも貨物も前進牽引で来たし、当たり前だが新型気動車までやって来た。3時くらいまで鳴砂湾で粘ったあと東勝機務段に移動し、バルブ撮影をした。前回は6時で追い返されたので完全な日没後は撮影できなかったが、今回は事前に撮影許可を取って有ったので問題なく7時過ぎまでカマを堪能できた。もっとも、前回は有り得なかった前進の廃車体や、ピカピカの東風4型にも遭遇したわけで正直複雑な心境だった。6月の完全無煙化を前に最後のの活躍を続ける前進達がいとおしく感じられた。
あれから3ヶ月、遂に東勝以南の変則三重連は落ちたとの情報が入ってきた。東勝以北の単機牽引区間も風前の灯火だと聞く。時代の趨勢とはいえ一抹の寂しさは禁じ得ない。
我が国の蒸機の終焉の年、昭和50年の夏頃の心境がフラッシュバックしてくる。生き残った前進達は今日もドラフトを響かせて驀進している事だろう。最後の日まで誇りを持って走り続けて欲しいと思う。
| 東勝界隈 | |||||
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| 東勝駅 | 豊富な品揃えのキヨスク?お粥まで売っていた | ||||
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| 東勝駅で発車を待つ9:04発の包頭行き客レ | 東勝〜韓家村間 白煙を上げて猛ダッシュ | ||||
| カマの不調か、荷が重すぎたのか歩くような速度で通過する列車 | 今度はややスピードが高い、これが本来の姿であろう | ||||
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| 手を伸ばせば届きそうな距離を轟音と共に前進が通過していく シンダの嵐もなんのその、蒸機テツにとって何者にも代えがたい至福の時だ | ||
| 鳴砂湾 | ||
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| 鳴砂湾のラクダ牧場 | 単機でもかなりの長大編成を牽く |
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| 編成は短かったものの前進牽引の客レは健在だった | |
| 東勝機務段 | |
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| 2年前には考えられなかった前進の廃車体 ひたすら冷たい | かたや生きている前進 熱気に溢れている |
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| 残照に映える前進 暗くなると足回りを照らすライトが点くので良いアクセントになる | |
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| 中国の機務段は照明設備が少ないので夜空は真っ黒に写る | 仕業点検中の前進の横を新鋭東風4型が通過していく 紛れも無い現実 |
2002年1月1日 包神鉄路 沙沙汽台〜敷包勾〜東勝
今日こそはと祈るような気持ちで再び敷包勾駅に運行状況を聞く為に早朝ホテルを出発した。しばらく走って市街地を抜け、バイパスから駅へのダート路へ降りる寸前で遠くに煙を発見、線路を見下ろせる場所にクルマを停めて速攻で準備に取り掛かった。しかし、まだ夜は明けておらずどう頑張っても写真はムリそうなのでビデオだけの撮影にした。よってこの列車の写真は無いが、この日は平成14年(2002y)元旦、そう、本年最初の列車が変則三重連だったのである。何とも幸先ののいいスタートとなった。この調子なら変則三重連そこそこ撮れるんじゃないかと何の根拠も無い自信みたいなものまで芽生えていた。しかーしっ!いざ敷包勾に着いて状況を聞いて落胆した。このあとの1本はDLで、そのあとの1本がSLだという。そしてその後はまた夜までSLは来ないとの事だった。つまり、あと1本しか撮れないと言う事である。残念だが来ないものは来ないのだから仕方が無い。約2時間後に来るであろう変則三重連に全身全霊を傾ける事にした。まず一番沙沙汽台寄りの通称第4橋梁で撮影後クルマで追跡、運良く敷包勾で交換の為停車していたので追い越し、東勝方に有る通称第2橋梁で発車を迎え撃った。こうして何とか2回撮影は出来たのだが、結果的にこれが我々にとって最後の変則三重連となってしまった。
その後は東勝以北のSL列車に望みを繋いで昨日訪れた東勝〜韓家村間の陸橋に移動、前進牽引の貨物と新型気動車を撮影、その後夕陽のあたる通称第1橋梁に移動し前進牽引の客レ(但し下りこみ)、前進の重単、東風牽引の貨物等を撮影しホテルに戻った。
| 沙沙汽台〜敷包勾〜東勝 | |
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| 包神の新しい主役 東風4型 重連で運用に就く | 東勝から重単が下りていくと間もなく三重連がやってくる 遠くに沙沙汽台で待機する列車の煙が上がっている |
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| かつての主役前進の変則三重連 既に過去帳入りした | 後補機は殆どが逆向きだったがしばしば前向きもあった |
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| 敷包勾を発車してダッシュする前進 |
東勝〜韓家村
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| 三重連が来ないので東勝以北に戻った 迫力では三重連に及ばないが、れっきとした現役蒸機である その存在感は我々を魅了してやまない |
夕陽の第1橋梁
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| 故障した前進を機務段に回送する臨時列車 | |
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| 下り込みの上編成も短いので客レはかなりなスピードで通過していった | |
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| 夕陽にサイドをギラつかせて東風牽引の貨物列車が行く | |
2002年1月2日 東勝〜韓家村、鳴砂湾、黄河橋梁
さて、今日はいよいよ包神鉄路撮影の最終日だ。僅かな期待を抱いて敷包勾駅に運行状況を確認する。2日間通ったら駅の電話番号を教えてもらったようで、今日は実際には行かずに東勝駅前から電話で問い合わせた。結果は残念ながら夜まで無いとの返事だった。今夜は包頭から北京へ飛行機移動の日なので、東勝から包頭へ撮影しながら北上する事にした。まず東勝駅で9:04の客レの牽引機を調べた。そうしたら幸運なことに今日は前進牽引、更に貨車も繋いで混合列車になると言う。以前からチェックしていた機務段脇の直線でスタートダッシュを狙った。
その後、恒例の陸橋で数本の前進牽引の列車と新型気動車を撮影後、鳴砂湾に移動した。しかしこの日はハズレだった。貨物も客レも東風牽引ですっかり気力が萎えてしまい、3時前後の新型気動車を待たずに移動した。しかしこれが幸いして途中のGuannyanfang駅で停車中の前進牽引の貨物列車を発見、ここで新型気動車との交換を撮影して(但し時間が無かったのでビデオのみ)更に発車も押さえられた。こちらは写真も間に合った。その後黄河に架かる鉄橋で東風牽引の直快を撮影後、日没まで粘って前進牽引の列車を待ったが残念ながら完全に陽が落ちたので諦めて三脚を撤収していたその時だった、1段高いところで撮影していた同志が「来たー、来たー」と叫ぶではないか、慌ててカメラをセッティングし直してビデオを回した瞬間、前進牽引の貨物列車が鉄橋を渡ってきた。もう日没後で思い通りの露出はムリだったが夢中でシャッターを押した。多分、あの列車が我々が見る最後の包神鉄路の前進であろう。貨車の最後の1両まで見送り、包頭空港から北京へ向かった。
東勝〜韓家村間
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| 東勝を発車した混合列車 | 東勝〜韓家村間 旅客列車の新しい主役 | ||
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| 東勝以北でもこの光景が日常でなくなる日は近い | |||
| Guannyafang駅 | |||
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| 気動車と交換し発車する列車 | |||
| 黄河鉄橋 | |||
| 黄河をわたる東風牽引の直快 | 沈む夕陽、前進は来ない |
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| 多分、私が見る最後になるであろう包神の前進 この姿を永遠に記憶にとどめておきたいものだ |
我々は翌日から承徳製鉄所専用線を訪ねた。その模様は次頁で紹介します。