中国 朝開線 最後の建設型 5546,5548
中国、吉林省の朝開線は延吉の隣駅、朝陽川から和龍線の分岐駅龍井を経て開山屯に到るローカル線で、朝陽川と龍井の中間駅、三峰洞付近がサミットになっており最後の活躍をする建設型の力闘を見る事が出来ました。
私はこの地を平成10年(1998y)の年末から平成11年の年始にかけて訪れましたが、実際は平成10年の秋頃に無煙化されていたらしくどうやら我々のツアーの為に予備機をわざわざ運用に入れてくれたようでした。実際、初日の朝イチからカマを見る事は出来ましたが本命たる客レを俯瞰で狙おうと線路を見下ろせる山の頂きでカメラを構えていたら、なんと来た列車は東方紅(中国国鉄の液体式ディーゼル機関車)牽引で、そこに居たツアー参加者全員の目が点になり、次の瞬間ブーイングの嵐となりました。リーダー的存在だった参加者の一人が添乗員に詰め寄る一幕も有りました。結局は国鉄側になんらかの交渉をして翌日からはそこそこのペースでカマを見る事が出来ましたが、客レの牽引は2回に1回がカマと言った感じになりました。私は撮影最終日に三峰洞から和龍までのり鉄を楽しみましたが、その時は運良く朝陽川〜龍井間は往復ともカマの牽引でした。
結局火の入っているカマは建設型5546(デフ付)、5548(デフ無)の2両のみでしたが朝焼けの時間からバルブまで様々なシチュエーションで撮影できまぁまぁ収穫があった旅でした。
| 5548+貨物 | 5546+貨物 |
| 朝陽川〜三峰洞間 | |
| 5546+客レ 龍井〜三峰洞間 | 5546+客レ 三峰洞駅 |
| 5548+客レ 龍井〜三峰洞間 | |
| 朝陽川支段で憩う5548 | |
1999年1月1日 前進型運転会
| 年が明けて1月1日は朝イチで客レと貨物を撮影した後この旅のハイライト、前進型運転会に参加しました。延吉空港への燃料輸送用の引込み線が1月1日は列車の運転が無いので路線封鎖して運転会会場となりました。機関車は図們機務段の前進2181でした。 朝陽川支段の会議室で簡単な操作説明を受けた後軍手が配られいよいよ乗務開始となりました。間近で見る前進はさすがにデカくキャブにもよじ登るといった感じでした。キャブ内もまた広く指導機関士、機関助士(カマ焚き)、通訳、カメラマン、そして私の5人が乗ってもカメラマンが自由に動き回れる余裕がありました。 指導機関士の指示通りに逆転機を前進位置にし、ブレーキを緩め、加減弁を軽く引くとあっさりと動き出しました。とても130トンからの物を動かしている感覚は余りありませんでした。 調子に乗って加減弁を引き続けると速度はすぐに50Km/Hに達し、指導機関士から減速するように命じられました。約4km軽快に飛ばして停車。ここから今度はバック運転で戻ります。逆転機を後進位置にするのも1970年代製の新鋭機?のためレバーを後進位置に倒すだけでOK、D51のようにハンドルをぐるぐる回して後進位置にセットするという作業は有りませんでした。 逆転機が後進位置に入った事を確認して再び加減弁を引くと、スルスルとバックし始めました。ボイラが長いので前方視界はお世辞にもいいとは言えませんが、後方視界もでかいテンダのおかげで決して良くありません。路線封鎖しているので他の車輌がいるわけないのですが、あれだけの巨大なカマが力行しているのですから何かに衝突でもしたらそれこそエライ事になります。何も障害物が無いのを確認しつつ無事に朝陽川支段に帰り着きました。 停止位置が少し手前だったので再起動をしたのですが不用意に加減弁を開けたら大空転を起こしました。単機でもこうなるのですから、重量貨物を牽き出すときの機関士の苦労が少しわかったような気がしました。 さて、運転にも少し慣れたところで一休憩。次の人と交代です。同好の士が運転する前進を撮影しつつ見送り、次の自分の乗務を待ちます。(この時は5人参加しており、一人1往復ずつした後もう1回づつ運転する事ができた。つまり1人2往復できたわけ。) 程なく2回目の乗務となりましたが、さすがに今度は慣れているので余裕で逆転機を操作し加減弁を引き、こころもち1回目よりスムーズにスタートし順調に加速していき程なく折り返し地点に到達し、再びバック運転で支段まで戻りました。ところが停止位置の目標にしていた旅行社のバスが移動しており停止目標を完全に見失ってしまい、またまた随分手前で停止してしまいました。はからずも2度目の再起動となり、今度は空転させずに起動しようとしたのですがまたも大空転、どうも前進はバック運転のほうが難しいような気がします。(ホントかよ!) この後全員に名前入りの乗務証明書が渡され運転会は無事終了しました。 日本では到底考えられないこの企画、機会があればまた参加してみたいと思います。カマも前進に限らず建設や上遊にも乗ってみたいと思っております。 |
凄まじいドレインを切って出発進行 |
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| 快調に飛ばす前進2181号 | 加減弁は操作感はかなり重い |
| 朝陽川支段に帰還してガッツポーズ | 乗務を終え、前進の前でご満悦のぼのぼの |
1999年1月2日 硬座車の旅(三峰洞〜龍井〜和龍、往復)
運転会の翌日、旅の最終日は朝1本で撮影を切り上げ乗りテツを楽しむ事にしました。
中国の一般的な客車は硬座車と呼ばれる2+3配置のクロスシートが展開するお世辞にも居住性の良いとは言えない車輌です。我々が夜行で一晩過ごそうとはとても思わないアコモですが半日の日帰り旅行だったらかえって乗ってみたい衝動に駆られるのも事実です。たまたま硬座車の旅を楽しもうとしているグループが居たので急遽仲間に入れてもらいました。三峰洞付近で撮影を済ませ駅に向かいました。待合室には出札口も有るのですがどうやら使ってないようで切符は車内で買うとの事。待つ事しばし、建設に牽かれた客車列車がやって来ました。空いてそうな車輌を探して乗り込み席を確保しました。2人掛けの方は肘掛が無いのを除けば日本の旧客の座席より僅かに大きく実用上問題ありませんが、3人掛けの方はどう見ても大人3人は窮屈です。だから肘掛が無いのかも知れませんが、この座席で一晩、あるいはそれ以上辛抱する中国人民のガマン強さは尊敬に値します。
しかし、たかだか2時間くらいの旅では苦痛も楽しみに変わるもんで、一杯飲んだり、車窓の風景を楽しんだり、中国人民の日常を垣間見たり楽しい小旅行でした。
また、このあたりは朝鮮族の人が多く、看板もハングルで書かれているし、言葉も朝鮮語が使われていました。同行のガイド氏に聞くと漢民族と朝鮮族は一定のルールを持って棲み分けているそうで、家の色も違います。(漢族は黄色、朝鮮族は白。)また漢族は一人っ子政策で子供は一人しか生めませんが、朝鮮族は2人生めるそうです。
終点の和龍駅は国境の駅で、ここまで来ると殆ど朝鮮カラー一色でした。1時間あまりの折り返し時間を経て、今来た道を戻りました。途中の龍井までは東方紅牽引でしたが、龍井〜朝陽川間は撮影のお約束があるので再び建設型の牽引となりました。龍井でスイッチバックするので今までの最後尾に建設が連結されサミットの三峰洞に向けてダッシュを始めました。目の前で力闘するカマを見るのは沿線で待ち構えて撮影するのとはまた違った興奮があります。2シリンダ特有の左右に揺すぶられるような揺れ、容赦なく降ってくるシンダ、一般の人には苦痛でしかない事も私には至福の時でした。四半世紀前、室蘭本線で最後の活躍をしていたC57のテンダを見ながら体験したのと同じ事が甦りました。
これ以降、撮影一辺倒でなく乗りテツ(特に蒸機列車)もスケジュールに組み込むように心掛けるようになりました。
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| 硬座車の車内 程よい暖房が眠気を誘う | 国境に程近い和龍駅 圧倒的にハングル文字が多い |
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| 旧型の標準形式22系客車 全検上りらしくきれいだった(但し外装だけ) |
龍井〜朝陽川間は建設型の牽引 機関車次位に陣取り蒸機列車を堪能する |
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三峰洞のサミットを超え、朝陽川駅に到着した列車。 ここで再びDL(東方紅3型)に付け替え、スイッチバックして終着延吉を目指す。 |